JAL NAVIA RECRUITMENT

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一人ひとりの物語

やっと
見つけた光

遠田 満以 MAI TOHDA

東京コンタクトセンター室 国際グループ
2020年入社/人文社会学部 卒

海を越えて、お客さまの力になる

コロナ禍以前のJALナビアを、私は知らない。私が入社したのは2020年4月。世界中がパンデミックに見舞われ、日本でも緊急事態宣言が発令されたころだ。世の中ではステイホームが叫ばれ、海外渡航など考えられなかった。新人研修を終えて国際線予約センターに配属されても、依然として問い合わせの数は少ないままだと先輩は言っていた。季節はこれから夏。以前はどれほど多くの人が飛行機の旅を楽しみにしていたのだろう。

先輩たちに助けられながら1年目が過ぎ、ようやく仕事に自信がついてきた2年目の冬。ロンドンにあるヨーロッパ地区予約センターのヘルプに入ることになった。運航状況が徐々に回復する中、限られた便を求めてヨーロッパ各地から電話での問い合わせが急増したため、緊急の増員が必要になったという。増員と言っても、実際にロンドンに向かうわけではない。ヨーロッパ地区予約センターの日本語回線にかけられた電話を転送して、日本国内から問い合わせに対応する仕事だ。

ロンドンとの時差に対応するため、ヘルプ対応は通常業務終了後、夜間に行われた。予約業務には慣れてきたものの、ヨーロッパ地区からの問い合わせは「新しい仕事」の連続だった。たとえば、日本と違いヨーロッパでは乗り継ぎを複数回される方が多い。でも当時は、どの航空会社でも減便・欠航が相次いでおり、予約した便が一つなくなるだけで予定が大きく崩れるケースも多々あった。

「どうにか今日中にロンドンから日本へ帰国できないか」というご要望があれば、パリ経由が難しいならヘルシンキ経由は……と、お客さまの希望に沿う代替便を調べて、リアルタイムに提案する。プレッシャーは大きかったが、無事お客さまをご案内できたときの達成感もまた大きかった。

常に自分をアップデートしたい

ヘルプ対応を続ける中で印象的だったのは、母親が子どもたちを連れて日本に一時帰国するケースが多かったこと。学校が始まるなどの理由で「この日までに帰りたい」というご要望を受けるのだが、直行便がまだ十分にないため、どうしても乗り継ぎが必要になる。母親一人で、子どもを連れながら飛行機を乗り継ぐのは簡単なことではない。何度も乗り継ぐとなれば、なおさらだろう。

母に手を引かれ、空港に降り立った日を思い出す。もともと、私がこの仕事を志した原点は家族旅行だった。海外旅行が大好きな両親は、姉と私をさまざまな国に連れて行ってくれた。アメリカ、フランス、ポルトガル……。その思い出たちに導かれ、旅行や航空に関する仕事に就きたい思った。だからこそ、飛行機の旅は楽しいものであってほしい。

その思いから、親子連れのお客さまをご案内するときは、できる限り移動の負担が少なくなるように心がけた。JAL便だけでなく、コードシェア便(共同運航便)も視野に入れて、乗り継ぎが少ないルートを探る。空港選びも重要だ。ヒースロー空港のような大ターミナルをさまようより、コンパクトなヘルシンキ空港のほうが効率よく移動できる。知識を総動員し、手を尽くして提案することで、お客さまに納得してもらえたときは嬉しかった。

ヨーロッパ予約センターの対応を経験したのは3カ月ほどだったが、世界中にJALを利用してくださるお客さまがいること、そして、さまざまな状況でお困りの方が多くいることを、改めて実感した毎日だった。コロナ禍を経て、問い合わせの数は以前の数字に戻りつつある。でも、世界中があの混乱した日々を忘れることはないだろう。いかなる状況にも対応できるよう、常に知識をアップデートし続けていきたい。迅速かつ正確に、そして、心のこもったサービスを提供するために。